世界最古にして、機械式時計復活の嚆矢 ブランパンの歴史 年表・ヴィルレコレクション編

ブランパン

”世界最古”。この言葉を聞いて、ロマンを感じる人は多いだろう。それが自分たちの好きなものであるならばなおさらだ。時計業界には”老舗”と呼ばれる時計ブランドが数多く存在するが、本稿で紹介する「ブランパン」は1735年の創業とかなり古く、現存している時計ブランドの中では”世界最古”とされている。

同社はただ“世界最古”なだけの時計ブランドではない。卓越した技術力により、業界に革新をもたらしてきた名門ブランドであると同時に、クォーツショックによって衰退した機械式時計の在り方を再定義し、現在の高級時計産業を作り上げたブランドでもあるのだ。また、創業から今日に至るまで、クォーツウォッチは一切製造せず、機械式時計のみの製造を貫き通しているのも同社の特徴の1つである。現在は、シンプルなモデルからグランド・コンプリケーションモデルまで幅広く展開し、ブレゲやオメガなどを傘下に擁する時計コングロマリット「スウォッチ・グループ」のプレステージ&ラグジュアリーレンジにその名を連ねている。

本稿では、前編として、年表形式によるブランパンの歴史と同社が誇る代表的なドレスウォッチ「ヴィルレ」を紹介。後編では同社のアイコンウォッチにして、現代ダイバーズウォッチの先駆けとなった「フィフティ ファゾムス」をメインに取り上げていく。

世界最古にして、機械式時計復活の嚆矢 ブランパンの歴史 フィフティ ファゾムス編

※本稿の写真はすべて「ISHIDA N43°」様の許可を得て撮影、掲載を行っています。また、写真は一部加工して掲載しています。

年表

※具体的な年数が不明の場合、「~年代」と表記。

1735年

スイス・ジュラ地方に位置する村「ヴィルレ」にて創業。創業者ジャン=ジャック・ブランパンは時計師として村民名簿に登録され、自宅の2階に工房を構えた。当時、ジュラ地方の農民は農作業ができない冬期間の副業として時計部品の製造を行っており、ジャン=ジャック・ブランパンもその例に漏れなかった。

1815年

ジャン=ジャック・ブランパンの孫であるフレデリック=ルイ・ブランパンが後を継ぎ、ヴィルレの伝統的な工房を近代化し、時計の量産に成功した。また、脱進機の設計を一新し、当時主流だったシリンダー脱進機をアンクル脱進機に置き換え、超薄型ムーブメントを開発した。

1830年

フレデリック=ルイ・ブランパンの息子であるフレデリック=エミール・ブランパンが社名を「時計製造所 エミール・ブランパン」に変更。ヴィルレ最大のマニュファクチュールメーカーを設立。

1865年

スーズ川のほとりに水力発電で電力の供給を行う2階建ての工房を建設。

1891年

エボーシュメーカー「フレデリック・ピゲ」がジュウ渓谷・ル・ブラッシュにある古い工場を購入。後にここはブランパンのコンプリケーションウォッチを製造する工房となる。

1926年

1924年に半回転式自動巻きローターの腕時計を開発したイギリス人時計師ジョン・ハーウッドと共同で自動巻き腕時計を開発。

1930年

世界発の自動巻きレディースウォッチ「ロールス」を発表。

1932年

フレデリック=エミール・ブランパンの死後、ブランパンの経営権を同社で生産と営業を担当していたベティ・フィスターと同僚のアンドレ・レアルが取得。ベティ・フィスターがCEOに就任し、時計製造会社において世界初の女性経営者となった。また、当時スイスでは法律により、一族の名前が社名に使われている場合、その一族が経営陣にいなければ社名にすることができないため、社名を同社の創業地である「ヴィルレ」をアナグラムにした「レイヴィルSA」に変更した。

1950年

ベティ・フィスターの甥のジャン=ジャック・フィスターが経営に参入。

1953年

フランス海軍特殊部隊の隊員であるロベール・“ボブ”・マルビエ大尉とクロード・リフォ中尉と共同でダイバーズウォッチ「フィフティ ファゾムス」を開発。現代ダイバーズウォッチの先駆けとなった。

1956年

当時世界最小のムーブメントを搭載したレディースウォッチ「レディバード」を発表。「レディバード」は1930年に発表された「ロールス」と並び、レディースウォッチの先駆けとされている。

同年、「フィフティ ファゾムス」のマリンアクティビティ向けモデルとして「フィフティ ファゾムス バチスカーフ」が発表された。

1950年代

アメリカ空軍向けに高精度クロノグラフウォッチ「エアコマンド」を開発。このモデルは12本の試作品を含めてごく少数しか製造されず、現在では入手困難なモデルとなっている。

1961年

ティソ、オメガ、レマニアなどを傘下に擁する時計グループ「SSIH」(後のスウォッチ・グループ)に加わる。

1969年

クォーツショックにより、機械式時計が衰退。ブランパンは経営難になり、休眠状態に陥る。

1982年

フレデリック・ピゲのCEOジャック・ピゲ(フレデリック・ピゲ創業者ルイ=エリゼ・ピゲの息子)とジャン=クロード・ビバーが休眠状態のブランパンを2万1500スイスフラン(当時の相場で約245万円)で買収。生産拠点をジュウ渓谷のル・ブラッシュに置く。

1983年

この年はブランパンにとって、大きな転換期となる。

ブランパンを買収したビバーは機械式時計の持つ芸術性に着眼。同社を伝統的な技巧で作り上げる、芸術的価値を持った機械式時計ブランドとして再興しようと考えた。そこで、製造する時計はラウンドケース型の機械式時計のみとし、クォーツウォッチの製造は一切行わないいう方針を定め、フライングトゥールビヨン、ミニッツリピーター、パーペチュアルカレンダー、コンプリートカレンダー ムーンフェイズ、スプリットセコンドクロノグラフ、ウルトラスリムの6つの内いずれかを搭載したコンプリケーションウォッチ「シックス・マスターピース」を製作した。機械式時計の芸術的魅力を伝えるため、ビバーは古くから高い技術力が必要とされる複雑機構を再現したのである。この年には第1弾である「シックス・マスターピース コンプリートカレンダー ムーンフェイズ」が発表され、翌年、1984年には「シックス・マスターピース ウルトラスリム」を発表、その後、順に「パーペチュアルカレンダー」「ミニッツリピーター」「スプリットセコンドクロノグラフ」「フライングトゥールビヨン」が製作されていった。なお、「シックス・マスターピース フライングトゥールビヨン」は、腕時計初のフライングトゥールビヨン・ウォッチであり、製作には著名な独立時計師ヴィンセント・カラブレーゼが携わった。

1991年には、上述した6つの機構を1つの時計に集約したグランド・コンプリケーションウォッチ「1735」を発表した。しかし、1本の製作に1年程の歳月がかかるため、合計30本とごく少数しか生産されなかった。また、すべてのシックス・マスターピースのプラチナモデルを6本セットにし、1つの箱に収めた限定ボックスも発売された。

ブランパンはこれにより大成功を収め、休眠状態から完全に復活、同時にこれがきっかけで過去の産物と化していた機械式時計が世界から再評価され、同社は機械式時計復活の嚆矢となったのである。

1992年

ビバーはブランパンとフレデリック・ピゲをSMHグループ(旧SSIH)に 6000万ドル(当時の相場で54億1450万円)で売却し、ビバーはブランパンCEOに就任した。

1994年

ラグジュアリー・スポーツライン「レマン」コレクションを発表。最初のモデルとして「2100ウルトラスリム」がリリースされた。

1998年

フレデリック・ピゲが1996年にGMT機能を搭載したムーブメントを開発。これをきっかけに「トリロジー」コレクションが発表された。トリロジー(=三部作)の名の通り、それぞれ“陸海空”をコンセプトにした3モデルが展開され、「陸」にあたる第2時間帯表示機能を搭載した「トリロジー GMT」、「海」にあたるダイバーズウォッチの「トリロジー フィフティファゾムス」、「空」にあたるフライバッククロノグラフを搭載した「トリロジー エアコマンド」が製作された。

2002年

ジャン・クロード・ビバーがブランパンCEOを退任。後継者としてマーク・A・ハイエック(スウォッチ・グループ創業者ニコラス・G・ハイエックの孫)が同社CEOに就任。

同年、「ヴィルレ」コレクションを発表。

2007年

「フィフティ ファゾムス」コレクションを発表。以降、フィフティ ファゾムスは同社のレギュラーコレクションとなる。

2008年

ヴィンセント・カラブレーゼを同社のR&D部門に迎え入れ、コンプリケーションモデル「ル・ブラッシュ ワンミニット フライングカルーセル」を製作。1892年にイギリス在住のデンマーク人時計師バーン・ボニクセンによって発明された姿勢差解消機構「カルーセル」を現代に蘇らせた。

2009年

スポーツカーブランド「ランボルギーニ」とパートナーシップを締結。ワンメイクレース「ランボルギーニ・ブランパン・スーパー・トロフェオ」を開催し、タイトルスポンサーとなる。その後も2011年から2019年まで「ブランパン耐久シリーズ」「ブランパンGTシリーズ(現ワールドチャレンジ)」のタイトルスポンサーを務めるなど、レース業界に参入し、モータースポーツをコンセプトにしたスポーツウォッチ「L-エヴォリューション」コレクションも製作された。

2010年

フレデリック・ピゲがブランパンと完全統合。「マニュファクチュール ブランパン」となる。

2012年

世界で初めて、グレゴリオ暦と中国暦の日付を同時に表示できるグランド・コンプリケーションモデル「ヴィルレ トラディショナル パーペチュアルカレンダー」を発表。通常モデルの他、中国暦の十二支に敬意を表し、ローターにその年の干支の動物がエングレービングされた限定モデルも発売されている。

2013年

「フィフティ ファゾムス バチスカーフ」が復刻。「フィフティ ファゾムス」コレクションのラインナップに追加される。

2014年

海洋保護プログラム「ブランパン オーシャン コミットメント(BOC)」を設立。これを期に、オーシャン コミットメント仕様の限定ウォッチが発売された。この年には第1弾として「フィフティ ファゾムス バチスカーフ フライバッククロノグラフ オーシャン・コミットメント」が発表され、2016年には第2弾である「フィフティ ファゾムス バチスカーフ フライバッククロノグラフ オーシャン・コミットメントⅡ」を発表、そして2018年には第3弾として「フィフティ ファゾムス オーシャン・コミットメントⅢ」が発表された。これらの限定モデルはBOCの活動の一環として世界250本限定で販売され、1本につき1000ユーロが海洋保全活動に寄付されるようになっている。

2019年

1950年代にアメリカ空軍向けに開発した高精度クロノグラフウォッチ「エアコマンド」がコレクションとして復刻。同社のレギュラーコレクションとなる。

2023年

アイコンモデル「フィフティ ファゾムス」が発表から70周年を迎える。これを記念し、スウォッチからブランパンとのコラボレーションモデル「バイオセラミック スキューバ フィフティファゾムス」が発表された。

「ヴィルレ」コレクション

2002年に発表されたドレスウォッチコレクション。その名の通り、ブランパンの原点である創業地の名が冠されており、約3世紀にわたる同社のウォッチメイキングの伝統、そしてビバーが見出した”機械式時計の芸術性”を継承した純粋なブランパン・ウォッチ。

段を設けたダブルステップ・ベゼルやセージの葉を模した針、滑らかで独創的なアプライドのローマン・インデックスなどはブランパンの再興と機械式時計の芸術性を広めるために製作されたシックス・マスターピースから受け継がれており、どのモデルもクラシカルで高い芸術性と存在感のある精悍な表情、そして非凡なエレガンスを備えている。

ウルトラスリム、コンプリートカレンダー、パーペチュアルカレンダー、トゥールビヨン、ミニッツリピーターといったシックス・マスターピースを彷彿させるモデルから中国暦パーペチュアルカレンダーやカルーセルなど、独創的なグランド・コンプリケーションモデルまで展開されており、機械式時計の持つ芸術性と技巧を余すことなく味わえるコレクションとなっている。

ヴィルレ コンプリートカレンダー

「ISHIDA N43°」様にて撮影

駆動方式:自動巻き  ケース素材:18Kレッドゴールド
ケース径:40mm  厚さ:10.65mm  防水性:3気圧防水
ムーブメント:Cal.6654  パワーリザーブ:約72時間  
振動数:2万8800振動/時   石数:28石

コンプリートカレンダーとムーンフェイズを備えたモデル。

上品なオパーリン文字盤の11時位置に曜日、1時位置に月の窓、6時位置にムーンフェイズを配置。日付はブルースティールのサーペント針で示すポインターデイトとなっており、秒針のカウンターウェイトには創業者ジャン=ジャック・ブランパンのイニシャルである「JB」があしらわれている。顔が描かれた月齢表示付きムーンフェイズや各表示機能を左右対称に配置した古典的で端正なフェイスは1983年に製作された「シックス・マスターピース コンプリートカレンダー ムーンフェイズ」を彷彿させる。

本モデルはルックスだけではなく、日常の使い勝手もかなり良い。搭載ムーブメント「Cal.6654」はツインバレルによる約72時間の長時間パワーリザーブであり、ヒゲゼンマイは耐磁性に優れたシリコンを採用、カレンダーは時刻に関係なく、いつでも調節できる。

特に注目するべき点はカレンダー調節をブランパン独自のアンダーラグコレクターで行うことだ。コンプリートカレンダーを搭載した時計はケースサイドに調節用コレクターを設けていることが多い。しかし、この手法は時計全体の審美性を損なってしまうことがしばしばあり、加えて、調節を行う際は専用の工具を使わなければ操作できないというデメリットがある。アンダーラグコレクターはその名の通り、カレンダー調節用のコレクターをレバー式にしてラグの下に設けたものだ。これにより、審美性が損なわれることはなく、また、カレンダー調節はレバーを指で操作するだけでいいので、専用の工具を使う必要は一切ない。

裏蓋はシースルーバックとなっており、ムーブメントを鑑賞することができる。地板にはペルラージュ、受けにはコート・ド・ジュネーブ、ゴールド製ローターにはハニカム・パターンの装飾が施されており、かなりの見応えとなっている。

ヴィルレ グランドデイト

「ISHIDA N43°」様にて撮影

駆動方式:自動巻き  ケース素材:ステンレススティール
ケース径:40mm  厚さ:10.9mm  防水性:3気圧防水
ムーブメント:Cal. 6950  パワーリザーブ:約72時間 
振動数:2万1600振動/時  石数:35石

瞬時に日付が切り替わる複雑機構「ビッグデイト」を搭載したモデル。

特徴的なのは6時位置に配したビッグデイトの窓枠を深く沈み込ませて、奥行きを作り出している点だ。これにより、ダブルステップ・ベゼルやアプライドのローマン・インデックスと相まって立体感が強調され、シンプルでありながら、存在感のある外観となっている。文字盤中央部と外周部のつなぎ目も良いアクセントとなっており、こちらも美観に一役買っている。

搭載ムーブメント「Cal.6950」は前述した「Cal.6654」と同じく、ムーブメント全体に装飾が施され、シースルーバックの裏蓋からそれを鑑賞できる。加えて、ツインバレルによる約72時間のロングパワーリザーブとシリコン製ヒゲゼンマイを備えており、実用面も抜かりない。

ジャン=クロード・ビバー

さて、本稿で度々登場している人物、ジャン=クロード・ビバーとは一体何者なのか?時計愛好家であればその名を知らぬ者はいない、まさに生きる伝説と呼ぶに相応しい人物であるが、知らない人のために紹介しておこう。時計史に名を残す人物は、時計を作る時計師かブランドを率いていく経営者のどちらかであることが多く、彼の場合は後者になる。1949年にルクセンブルクで生まれた彼のキャリアはオーデマ・ピゲのセールス・マネージャーから始まり、その後、オメガに入社。同社のプロダクト・マネージャーを務め上げ、1982年にブランパンを買収した。彼の特筆すべき点は、その天才的なマーケティング手法にある。

本稿の年表でも述べたように、彼は機械式時計の芸術性に着目し、ブランパンを機械式時計のみ製造するブランドとして再興を図った。時代と逆行したこのマーケティングは当時無謀のように思われたが、結果、ブランパンは大成功を収め、休眠状態から見事に復活。買収時約245万円しかなかったブランド価値が10年で約54億円にまで向上し、同時に、この復活劇はクォーツウォッチの台頭により、廃れつつあった機械式時計が再び世界から評価されるきっかけとなり、現在のスイス時計産業を作り上げるまでに至った。このことから彼は「機械式時計復活の立役者」「スイス時計界の救世主」と呼ばれ、多くの関係者および、愛好家から尊敬の念を抱かれている。

1992年にはSMHグループにブランパンを売却し、その後、ビバーはブランパンCEO に就任した。また、同じくSMHグループの傘下ブランドであり、彼の古巣でもあるオメガのマーケティング・ディレクターも兼任した。オメガでも彼の辣腕は振るわれ、新製品の開発やシンディ・クロフォード、ミハイル・シューマッハといった新しいアンバサダーの起用、さらには、映画「007」シリーズの主人公であるジェームズ・ボンドに自社の製品を着用させるというユニークなマーケティングを行ない、ブランドの知名度向上に大きく貢献した。

ブランパンの復活劇と同様に、彼の功績を語る上で必ず挙げられるのはウブロの躍進劇だ。2002年にブランパンCEOを退任した後、2004年にウブロCEOに就任。同社は創業時の1980年に金属製ケースにラバーストラップを合わせたモデル「クラシック」を発表し、注目を浴びたが、当時その型破りな出で立ちはほとんど受け入れられず、経営難に陥っていた。ここでもビバーは優れた経営手腕を発揮するのである。ウブロCEOに就任した翌年の2005年にビバーは「アート・オブ・フュージョン(異なる素材やアイディアの融合)」というコンセプトを掲げ、ステンレスケースにセラミックやグラスファイバーといった異なる素材を組み合わせたモデル「ビッグ・バン」を発表した。そのスポーティーで大胆なデザインは大きな話題を呼び、わずか4年でウブロの売り上げは約10倍となったのである。また、ビバーはブランドの知名度向上やイメージの確立にも積極的に取り組んだ。トップアスリートやトップアーティスト、フェラーリやベルルッティなど、多岐にわたってパートナーシップを築き上げ、さらには、FIFAワールドカップ、UEFA EURO、WBSCプレミア12といった世界的スポーツイベントにも参画し、公式タイムキーパーも務め上げた。その結果、多方面で活躍する一流と呼ばれる人々がウブロを愛用し、富裕層や時計愛好家以外の人々にも広く認知されるようになった。日の目を浴びられずに終わりを迎えようとしていたウブロが一躍世界的ブランドにまで上り詰め、「成功者の時計」というステータスを確固たるものにしたのである。

2014年にはLVMH時計部門責任者に就任。傘下ブランドであるウブロ、ゼニス、タグ・ホイヤーを統括。また同年、タグ・ホイヤーCEOも兼任し、ラグジュアリー・ウォッチのクオリティを維持しつつ、比較的手の届く製品価格を実現するなど、若い世代に向けたマーケティングを行ない、ラグジュアリー・ウォッチへの門戸を広げた。

あらゆるブランドで非凡な経営手腕を発揮してきたビバーであるが、2018年にLVMH時計部門責任者を退任。今後は社外取締役会長として同部門に留まり、アドバイザーとして関わっていくことを発表した。現在は新進気鋭の時計ブランド「ノルケイン」の取締役会顧問を務める他、2023年には息子のピエール・ビバーと共に自身の名を冠した時計ブランド「ビバー」を創業し、ファーストモデル「カリヨン・トゥールビヨン ビバー」を発表した。業界の第一線から退いてしまったが、まだまだ目が離せない人物である。

“革新こそ伝統”

“革新こそ伝統”。これはブランパンが掲げるブランドコンセプトである。同社は過去も現在もウォッチメイキングの限界を超え、業界に革新を起こしている。過去でいえば、「ロールス」や「フィフティ ファゾムス」、現在でいえば、「カルーセル」や「ヴィルレ トラディショナル チャイニーズカレンダー」などが良い例だ。今もなお、多くの時計愛好家に支持されているのは、このブランドコンセプトから揺らぐことなく、絶えず挑戦を続けているからなのであろう。”世界最古”と”機械式時計復活の嚆矢”。この2つを兼ね備えるブランパンに胸がときめくのは筆者だけではないはず。

フィフティ ファゾムス編に続く。

Special thanks!

本稿で掲載されている写真は、「ISHIDA N43°」様で撮影しました。

札幌市大通に店舗を構える同店は道内唯一のブレゲブランパングラスヒュッテ・オリジナルの正規販売店。その他にも、オメガカルティエIWCパネライウブロノルケインなど、幅広いブランドを取り扱っており、気品と落ち着きのあるラグジュアリースペースで、心ゆくまで時計選びをお楽しみいただけます。

撮影に協力してくださった「ISHIDA N43°」様、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

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