「時計のマニアな知識 第一弾 時計規格」。前編では専門機関が認定する時計規格について解説をした。後編ではブランド独自の自社規格について解説していく。自社規格はブランドやプロダクトの核心的な部分であり、専門機関が認定する時計規格と比べると、その検定内容や認定基準はかなり厳格なものであるのが特徴だ。また、解説の最後には筆者なりに時計規格についての総評もしてみた。前編から大分日が空いてしまったが、どうかご一読いただきたい。時計専門ブログ テンプスアーカイブ、2025年、最後の投稿である。
パテック・フィリップ・シール
2009年にパテック・フィリップが制定した自社規格。
長きにわたってジュネーブ・シールを取得していた同社であったが、“最高品質の時計”を実現するため、当時パテック・フィリップ社長であったフィリップ・スターン(現パテック・フィリップ名誉会長)の下、2009年に制定された。以降、同社すべてのモデルが本規格を取得している。
代表的な時計規格であるCOSCやジュネーブ・シールは主にムーブメントを評価対象にしている。
それに対して、パテック・フィリップ・シールはムーブメントはもちろん、時計本体とそれに関わる“すべて”が評価対象である。つまり、ムーブメントの精度や審美性だけではなく、ケース、ブレスレット、文字盤、針、プッシャー、バネ棒といった外装部品、果ては、ケースに使われる素材やセッティングされる貴石、設計から製作までの段階、完成後のアフターサービスに至るすべてが同規格の評価対象だ。その基準は厳格さを極めていると言って良く、大まかに分けると以下の7つになる。
パテック・フィリップ・シールの基準
1、平均日差はムーブメントがケーシングされた状態で-3~+2秒(ムーブメント径が20mm未満の場合は-5~+4秒)
2、使用する貴金属、合金、貴石は最高品質であること。ダイヤモンドは高い水準の透明度、色彩、カットを有するピュア・トップウェッセルトン・ダイヤモンドのみを使用する。
3、ケースにセッティングされた貴石はいかなる形状のケースであっても、突出した部分があってはならない。
4、ケースの縁は軽く丸みを帯びた仕上げを施すこと。
5、時計の機能を損なわぬよう、切削やばり取り、各種仕上げなどの手作業工程は設計図で定められた寸法、形状を僅かでも変えてはならない。
6、外装やムーブメントに施す仕上げは、いかなる場合も時計の機能を阻害するものであってはならない。
7、1839年の創業以来製作された、すべての自社製品のアフターサービスと修理の保証。
これらの基準の中でも、特筆すべきなのは「5」と「6」である。時計の枠を飛び越えた芸術品として名高い同社の時計であるが、同規格が最優先としているのが時計の本来の役割である“時間計測機能”である。ムーブメントのパーツの形状や配置は、いかに時計として高いパフォーマンスを実現できるかを重視し、その上でムーブメントの美観、すなわち、面取りや仕上げを施すのだ。ケースに至っても同様であり、審美性よりも、日常使いの耐久性やクロノグラフなどの付加機能の操作性など、機能性を第一に考え、設計を行う。
また、これらの基準をクリアするため、各製造工程において、様々な検査が行われる。ほとんどの規格はケーシング状態の完成品、もしくは組み上げ済みのムーブメントに対して検査が行われるのに対し、同規格では、製造工程の時点で検査を行う。無論、その内容は長時間且つ、厳格なものであり、すべての検査に合格しなければならない。
検査内容
1、各製造工程において、数百時間に及ぶ工程内検査(自主検査、統計的検査、最終検査)を実施。
2、ムーブメントは仮組みの段階で検査を行い、さらには完成後も検査を行う。検査内容1と2は複雑系のムーブメントの場合、約30日間にも及ぶ。
3、ムーブメントのケーシング後、約20日にわたり、精度検査と機能検査、着用時のシミュレーションを実施。
4、防水検査の実施。水を使わない空気圧による検査と水を使った水圧による検査の両方を行い、水圧による検査は3気圧~12気圧の水圧下で気密性がチェックされる。防水検査完了後は結露検査を行う。
5、検査内容1、2、3、4に合格後、目視による審美性検査を行う。
これらの検査にすべて合格したモデルが同規格に認定され、同社特有の真空梱包を施し、買い手の手元へと届くのだ。なるほど、同社の年間本数がロレックスの120万本に対し、6万本とかなり少ないのがよくわかる。
さて、パテック・フィリップ・シールについて忘れてはいけないのが、同規格が同社の “すべて”のモデルに適用されているという点だ。ご存知だとは思うが、同社は複雑機構を1つもしくは複数搭載したコンプリケーション及び、グランド・コンプリケーションの名手である。コンプリケーションウォッチとして高い人気を誇る「ワールドタイム」や「アニュアルカレンダー」、複雑を極めた「スカイムーントゥールビヨン」や「グランドマスター・チャイム」さえも上述の基準と検査をすべてクリアしているというわけだ。そう考えると、同社に対してある種の恐怖を感じてしまうのは筆者だけだろうか。また、同規格は同社が掲げる“10の価値”の半分を担っているというのも忘れてはいけない。 “10の価値”、すなわち「独立」「伝統」「革新」「品質と精緻な仕上がり」「希少性」「付加価値」「美」「サービス」「思い入れ」「継承」はすべてのパテック・フィリップのプロダクトに体現されており、同社の根幹を成すものだ。これらのうち、時計製作とアフターサービスについての「品質と精緻な仕上がり」「美」「サービス」「思い入れ」「継承」は同規格無くしては成り立たないものである。同規格は今日のパテック・フィリップにとって必要不可欠な要素というわけだ。
パテック・フィリップ・シールは、上述の規定を順守するため、監督機関を設けている。この監督機関はそれぞれ独立しており、立法機関であるパテック・フィリップ・シール委員会と執行機関である監督委員会で構成されている。掻い摘んで言うと前者は、基準の作成を、後者は各製造工程に規定が適用されているかを監督する役目を担っている。この2つの機関のトップに立つのが現名誉会長のフィリップ・スターンと現社長のティエリー・スターンであり、両氏が同規格を個人的に保証しているのだ。この点からも同規格が他の認証とは別格であることが窺える。
パテック・フィリップが世界中の愛好家や粋人に愛され、「世界最高峰の時計ブランド」の地位をより確かなものにしたのは「パテック・フィリップ・シール」の制定が大きく関わっているのは確かだろう。考案したフィリップ・スターン名誉会長、それを実現したパテック・フィリップには畏敬の念を抱くばかりだ。
高精度クロノメーター
ロレックスの自社規格。
2015年に制定されて以降、ロレックスのすべてのモデルがこの認定を取得している。それ以前はCOSCクロノメーターのみを全モデルが取得していた。
高精度クロノメーターはいわば、COSCクロノメーターの“完全版”である。検査は最高のパフォーマンスを発揮することを保証するため、製品状態で実施する。COSCクロノメーター取得後、ムーブメントをケーシングし、自社内で再度、精度測定を行う他、パワーリザーブ、防水性能、着用時における自動巻き機構の巻き上げ性能も評価対象となる。特に精度はケーシングした状態で平均日差-2~+2秒以内とCOSCクロノメーターの2倍以上の認定基準だ。認定を受けると、その証として「グリーンタグ」と呼ばれる緑色のタグがつけられ、5年の保証期間が付与される。それ以前のCOSCクロノメーターのみを取得していた時代は赤色の「レッドタグ」がつけられ、保証期間は2年だけであった。なお、筆者が知る限り、レッドタグがつけられるようになったのは1970年以降である。

↑「高精度クロノメーター」取得の証としてロレックスの全モデルに付けられる「グリーンタグ」。深いグリーンはロレックスのブランドカラーでもある。
検査内容
■精度検査
COSCクロノメーター取得後、ムーブメントをケーシングし、精度を7つの静止姿勢 と回転装置を使った回転動作で検査。認定基準は前述したように平均日差-2~+2秒以内と高水準で調整される。
■防水性能検査
気圧検査と水中検査を行い、気圧検査では時計に過度の気圧をかけ、水中検査では時計を高圧タンクの水の中に浸す。また、水深100mの防水性能を保証しているモデルは、その水深にかかる水圧+10%、サブマリーナやシードゥエラー、ディープシーといったダイバーズウォッチには+25%の安全マージンを持たせて検査を実施する。両検査ともロレックスが開発した独自の方法で行われる。
■自動巻き機構の性能検査
自社独自の方法でパーペチュアル機構(自動巻き機構)の動作チェックを実施。
■パワーリザーブ測定
時計を完全に巻き上げ、止まるまでの駆動時間を測定。
「高精度クロノメーター」の制定は2015年だが、その概念は1950年代後半にできあがっていたといわれている。前編でも触れたが、ロレックスは1910年に腕時計として初めてクロノメーターを取得して以来、時計の精度に対して飽くなき追求を続けてきた。とりわけ、同社はクロノメーター認定を第三者である公式機関からの取得にこだわった。
今でこそクロノメーターは国際標準化機構(ISO)が定めた基準に沿って、公式機関であるCOSCが認定することが通例となっているが、1951年以前のクロノメーターの定義は「公式機関からの認定を取得できるレベルの高精度時計」であった。つまり、公式機関からの認定を受けなくても、ブランドが高精度と認定すれば、独自でクロノメーターを名乗れる曖昧なものだったのである。そこで、ロレックスはクロノメーター認定を第三者である公式機関に任せることで、自社のクロノメーター・ウォッチの精度を保証し、他ブランドとの差別化を図ったのだ。これにより、1930年代後半には文字盤の表記を「Chronometer」から「Officially Certified Chronometer」(公式認定クロノメーター)に改めている。
1951年にクロノメーター認定が公式機関から取得するよう義務付けられた。公式機関からのクロノメーター取得が一般的になり、第三者からのクロノメーター認定を売りにしていたロレックスの価値が危ぶまれることとなった。同社の創業者であるハンス・ウィルスドルフはこの状況に危機感を抱き、ロレックスに新しい価値が必要だと考えた。それが「avec mention」の取得である。「avec mention」とは当時、クロノメーター認定の中でも特に優れた結果を出したムーブメントに与えられた評価内容付きの証明書のことであり、スイス公式クロノメーター協会「COSC」が設立されるまで発行されていた。ウィルスドルフは再び、他ブランドと精度面で差別化を図るため、「avec mention」の取得に奔走。1957年、同社独自の緩急調整機構である「マイクロステラスクリュー」(後にマイクロステラナットに取って代わる)を発明したことで、より高い精度でクロノメーター認定を受け、見事、「avec mention」を取得することができたのである。そして自社の時計が他ブランドの時計よりも優れた精度を有していることを誇示するため、1950年後半、同社のアイコンである「デイトジャスト」と「デイデイト」に初めて、今日のロレックスのモデルにも表記されている「Superlative Chronometer Officially Certified」が刻まれた。これらの挑戦が現在の「高精度クロノメーター」及び、ロレックスブランドの“原形”を成したと言っていいだろう。
1973年に各地にあった時計歩度公認検定局が統合され、「COSC」が発足。これに伴い、認定基準が統一されたため、「avec mention」が廃止された。廃止後、ロレックスは自社独自の厳密な基準で精度検査を実施し、それをCOSCクロノメーターで補完していた。そして2015年、同社の検査基準を明文化した本規格「高精度クロノメーター」が制定されたのだ。
同規格はロレックスが数ある時計メーカーの中でも頭一つ飛びぬけて高精度である所以であり、同社の到達点の1つでもあるのだ。
1000時間コントロールテスト
ジャガー・ルクルトの自社規格および、製品テスト。
ムーブメントをケーシングした製品状態の時計に対して、その名の通り、1000時間、つまりおよそ6週間という長期間にわたって検査を実施する。検査は一言で言うなれば、時計の“耐久性テスト”だ。というのも、COSCクロノメーターやロレックスの「高精度クロノメーター」のように時計の平均日差を割り出すわけではなく、「日常環境下での着用時に発生する動作による時計の耐久性」をチェックするのが本テストの目的だ。これに加えて、防水性、耐衝撃性、温度変化への耐性、パワーリザーブ、耐磁性もチェック対象になっている。
「1000時間コントロールテスト」は「レベルソ」と並ぶ、同社のフラグシップモデル「マスター・コントロール」コレクションが発表されたことから始まる。同社がまだリシュモンではなく、LMH グループ傘下であった頃、当時のジャガー・ルクルトCEOであったアンリ・ジョン・ベルモンとLMHグループ総帥ギュンター・ブリュームラインが古典的な三針モデルを考案。1992年にマスター・コントロール コレクションが誕生した。初代モデル(ビッグ・マスター)にはヴァシュロン・コンスタンタンやオーデマ・ピゲなどのベースムーブメントにもなったジャガー・ルクルトの傑作ムーブメント「Cal.889」が搭載され、高い精度を誇っていたが、ブリュームラインとベルモンは同コレクションにもう1つ価値を付け加えようと考えたのである。それが、この「1000時間コントロールテスト(マスター・コントロールテスト)」だ。エレガントなモデルに似つかわしくない同コレクションの機械的な名はこれに由来する。アイコニックな「レベルソ」と比べると、シンプルで不変的な「マスター・コントロール」であるが、同規格により、唯一無二の信頼性と存在感が与えられたのだ。当初「マスター・コントロール」コレクションのみに適用されていたが、2003年からはジャガー・ルクルトのすべてのコレクションに同規格が適用されるようになった。また、2009年には「COSCクロノメーター」の内容も含まれるようになり、自社規格として、より完璧な物になった。
検査内容
■長時間作動検査
日常環境下における長時間着用を想定した時計の作動検査。独自の回転マシンに時計をセットし、2時間ずつ交互に回転と停止を行う。2~3日ごとに時計の精度を目視または、カメラでチェックを行う。
■6姿勢差調整
ヒゲゼンマイや脱進機などの調速機構の作動検査。ゼンマイが完全に巻き上げられた状態で6姿勢における調速機構の作動をチェックする。モデルによっては24時間、48時間、7日間、12日間後に2回目の6姿勢差調整を行う。
■防水性
時計の防水性検査。空気検査と水中検査の2種類を実施。両方とも圧力がかかった状態で行われ、空気検査では時計のケースに含まれる空気の量を比較測定し、水中検査では時計を浸水させ、50℃に熱した後、急速に16℃まで冷やし、ケース内に湿気がないことをチェックする。
■耐衝撃性
ネジの締め具合、石のはめ具合などのムーブメントと外装部品に対する耐衝撃性を検査。同時に時計内に微細な異物がないかをチェック。機械を使い、着用時に日常生活で生じるような、軽度の衝撃を時計に繰り返し与える。
■温度変化への耐性
ヒゲゼンマイや脱進機などの調速機構の温度変化に対する耐久性検査。4℃、22℃、40℃の3つの温度で検査を実施。ムーブメントを22℃の室温に置き、その直後に急速に4℃まで温度を下げ、その後、40℃の環境下に置き、温度変化の耐久性を検査。
■パワーリザーブ測定
時計の駆動時間を検査。ゼンマイを完全に巻き上げ、時計が止まるまでの駆動時間を測定。
■耐磁性
磁気に対する耐性を検査。詳しい検査と基準は公表されていないが、一般的な機械式時計で満たされる基準をクリアできているかをチェック。
1833年の創業当初から“機械屋”として傑作ムーブメントを生み出してきたジャガー・ルクルト。そのムーブメントはパテック・フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンタン、オーデマ・ピゲといった名門中の名門にも供給された。それだけジャガー・ルクルト製のムーブメントは高い信頼を得ていたというわけだ。そしてそれは現代においても変わらない。「1000時間コントロールテスト」は今日のジャガー・ルクルトにとって自社製品の高い信頼性を証明するための重要なものとなっている。
新グランドセイコー規格(新GS規格)
グランドセイコーの自社規格。
同ブランド誕生から4年後の1964年に日常の使いやすさを追及し、日付表示と5気圧の防水性を備えたモデル「セルフデーター」が発表された。これを機に1966年、最高の品質と実用性を誇る時計を作るため、スイスのB.O(COSCの前身)が実施していたクロノメーター検定よりも厳しい基準を設けた自社規格「グランドセイコー(GS)規格」を制定した。これが現在の新グランドセイコー規格の前身となる。1970年には、より、高い基準を設けた「グランドセイコースペシャル(GSS)規格」が制定され、平均日差±3秒という高い基準をクリアしたモデル「61GSスペシャル」も発表された。なお、「GS規格」制定以前の同ブランドの時計には文字盤にクロノメーターの表記が刻まれており、当時のB.Oのクロノメーター認定と同等の精度を実現していたことが窺える。本稿の「高精度クロノメーター」の項でも述べたが、この頃はISO(国際標準化機構)による基準が定められてなかったため、自社で高精度と判定すれば、「クロノメーター」を名乗ることができたのである。
1998年、「GS規格」に、さらに厳格な基準を設けた本規格「新GS規格」が制定された。検査内容は「COSCクロノメーター」とほとんど変わらないが、検査日数や認定基準は「COSCクロノメーター」よりも高く設定されている。
以下は現在の「新GS規格」と「GSS規格」の検査内容と認定基準だ。前編で解説した「COSCクロノメーター」の検査内容と認定基準も記述したので、比較してみよう。
■検定対象
・新GS規格 :ムーブメント単体
・GSS規格 :ムーブメント単体
・COSCクロノメーター:ムーブメント単体
■検定日数
・新GS規格 :17日間
・GSS規格 :17日間
・COSCクロノメーター:15日間
■検定温度
・新GS規格 :8℃、23℃、38℃
・GSS規格 :8℃、23℃、38℃
・COSCクロノメーター:8℃、23℃、38℃
■検定姿勢数
・新GS規格 :6姿勢
・GSS規格 :6姿勢
・COSCクロノメーター:5姿勢
■認定基準
平均日差
・新GS規格 :-3~+5秒以内
・GSS規格 :-2~4秒以内
・COSCクロノメーター:-4~+6秒以内
平均日較差
・新GS規格 :1.8秒以内
・GSS規格 :1.6秒以内
・COSCクロノメーター:2秒以内
最大日較差
・新GS規格 :4秒以内
・GSS規格 :3秒以内
・COSCクロノメーター:5秒以内
水平姿勢時、垂直姿勢時の日差
・新GS規格 :-6~+8秒以内
・GSS規格 :−5~+7秒以内
・COSCクロノメーター:-6~+8秒以内
最大姿勢偏差
・新GS規格 :8秒以内
・GSS規格 :7秒以内
・COSCクロノメーター:10秒以内
温度係数
・新GS規格 :-0.5秒~+0.5秒以内
・GSS規格 :-0.3秒~+0.3秒以内
・COSCクロノメーター:-0.6秒~+0.6秒以内
復元差
・新GS規格 :-5~+5秒以内
・GSS規格 :4秒以内
・COSCクロノメーター:-5~+5秒以内
ご覧の通り、多くの検査基準がスイス時計の高品質を証明する「COSCクロノメーター」よりも高い基準で設定されている。故に時計の本場であるスイスよりも品質と信頼性は上と言っていいのではないか。
かつては時計産業と言えば、スイスであったが、近年ではドイツや日本も大きな注目を浴びている。日本、とりわけグランド・セイコーの躍進は目覚ましいものであり、世界的に認められている高い品質と信頼性は本規格あってのものだ。同社が時計業界の”メイド・イン・ジャパン”であるのは言うまでもない。
総評
さて、僭越ながら、時計規格について、筆者なりの総評を述べさせていただく。
やはり、あらゆる時計規格の中でも「COSCクロノメーター」(クロノメーター)のシェア率と影響力は圧倒的であり、COSCの公式サイトによると去年2024年に同規格の認定を受けたムーブメントの数は240万本を超え、同年までに輸出された機械式時計でクロノメーター認定を受けたムーブメントは44%にものぼる。もはや、スイス時計の“スタンダード”と言っていいだろう。しかし、これに対して疑問を抱く声もある。
年々、「COSCクロノメーター」が増加傾向にある理由を筆者なりにまとめてみた。以下の4つが考えられる。
1、技術の進歩
時計業界では日々、新技術の研究・開発が行われ、大きく注目されている。各ブランドとも技術革新により、高精度なムーブメント、とりわけ、「COSCクロノメーター」の検査に合格できるレベルのムーブメントの開発が比較的可能となり、同規格の取得数の増加につながっている。
2、同規格の検査内容
前編で述べたように、同規格はムーブメント単体を対象としており、検査対象のムーブメントに仮の針と文字盤、巻き芯を取り付けて検査を行う。しかし、製品時の部品とは異なるため、検査時と製品時では精度に違いが出てしまうこともある。加えて、仮の部品では精度が出しやすく、同規格の検査を容易に突破できてしまうのだ。極端な言い方をすれば、「クロノメーター」の称号が比較的簡単に手に入れることができるというわけだ。
3、他の時計規格の“下地”としての認証
前編と本稿を読んでいただけたのであれば、お気づきかもしれないが、「ジュネーブ・シール」「マスター・クロノメーター」「カリテフルリエ」「高精度クロノメーター」はいずれも、検査にかける条件として、「COSCクロノメーター」取得を必須、もしくは推奨をし、それぞれの検査の”下地”としている。検査を受ける前の第一段階として「COSCクロノメーター」を受けることで、その後に実施する各自の精度検査で「COSCクロノメーター」の足りない点を補っているのだ。特定のブランドが贔屓している「ジュネーブ・シール」「マスター・クロノメーター」、ロレックスの自社規格である「高精度クロノメーター」は「COSCクロノメーター」の取得数増加に大きく貢献していると言っていいだろう。
4、「クロノメーター認定」というステータス性
「クロノメーター」=「高精度の象徴」というのは今も昔も変わらない。「クロノメーター認定」というだけで“普通”の時計に箔が付くのだ。また、2つ目で述べたように取得が比較的容易なため、時計に何かしらのステータスを付けるならば同規格が最適といえよう。そのため、様々なブランドが「クロノメーター」のステータスを欲しがり、取得数が増加したと考えられる。
何が言いたいのかというと、「COSCクロノメーター」単体の検査は技術革新した今の時代に合っていなく、比較的容易に取得できてしまうということだ。そして、これにより、「クロノメーター」の取得数が増え、いわば、”大安売り”の状態が発生してしまい、歴史ある「クロノメーター」の価値やステータス性が低下しているように見える。
取得数の増加に反比例して「クロノメーター」の価値が下がっているように感じるのは、筆者の気のせいだろうか。
COSCは現在、同規格の認定基準を引き上げる方針とのこと。是非とも、厳格性を高め、”高精度の象徴”として、「クロノメーター」の歴史的価値とステータスを誇示していただきたい。
他の時計規格に目を向けてみよう。専門機関が認定する規格で、個人的に注目しているのは「マスター・クロノメーター」と「ブザンソン天文台クロノメーター」だ。機械式時計の弱点の1つである磁気に対する規格「マスター・クロノメーター」はデジタル社会の現代において、まさに理想的な品質規格だ。耐磁性というのは古くから時計に求められてきた機能の1つであり、現代においても、課題の1つとされている。現時点でオメガとチューダーの2社しか取得していないが、今後、取得ブランドの増加を予想するのは難しくない。「ブザンソン天文台クロノメーター」の復活は時計業界にとって非常に喜ばしいことの1つだろう。スイス時計が独占してきた「クロノメーター」の称号を他国でも名乗ることができるのだから。検査もケーシングした製品状態で行われるので、その正確さは信頼できるものだ。今後もしかしたら中国製クロノメーター、アラブ製クロノメーターといったものが出てくるかもしれない。そうなったら実に面白いことか。
自社規格では、やはり「パテック・フィリップ・シール」が一際目を引く。時計を構成するすべての要素が検定対象など、パテック・フィリップにしかできない芸当だ。自社規格と言えば、今年2025年にブレゲが自社規格「ポワンソン・ブレゲ(ブレゲ・シール)」を制定したのは記憶に新しい。多くの人間が思っているが、今年のブレゲの躍進劇は凄まじく、目を見張るものであった。ブレゲ・シールの詳細はまた別の機会に解説しようと思う。公表されている自社規格は本稿で紹介した規格とブレゲ・シールを含めて5つしかない。しかし、今後、このような自社規格も増えていくのではないだろうか。
では最後に、時計を購入する際、時計規格について気にするべきか?
筆者の意見を述べるなら、一切、気にする必要はない。あらゆる時計規格を解説しておいて、元も子もないことを言うようであるが…。
時計を購入するときは自分のときめきを大事にするべきだと筆者は思っている。それが見た目であれ、ムーブメントであれ、歴史であれ、時計規格であれ、自分がときめいた時計を購入すればいい。そこにリセールバリューだの、資産価値だのを考慮するのはナンセンスである。
しかし、こういう知識を知っておくと、時計の語りどころが増えるのもまた一興である。無論、マニアックな知識なので、語るなら愛好家同士で…。
それでは、よいお年を!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
よろしければ、X(旧ツイッター)にてフォローお願いします!
テンプスアーカイブ運営者 兼 ライター 稲葉 淳 X(旧ツイッター)アカウント
